人類史最初の技術はコミュニケーションじゃねーのって話
こんばんは。ちゃんだいといいます。
ちゃんと大きいと書いてちゃんだいです。
久しぶりにブログを書いた気分です。というか実際久しぶりに書いたんだけどさ。
なんか物書くのってやりだすとめっちゃ楽しいわ。やりだすまでが遅いんだけどさ。この性格変えよう。うん。
何話すかっていうのはタイトル通りです。
つかそもそも技術ってなんぞや?ってところから掘り下げて話していきます。
技術とは
そもそも技術の定義ってなんぞや?って感じなんですが、Wikiによると
技術(ぎじゅつ)とは、かなり多義的に用いられる言葉であり、ものごとを取り扱ったり処理したりするときの方法や手段。[中略]社会の各分野において、何らかの目的を達成するために用いられる手段・手法。
と定義されているようです。
ただ引用にもある通り、「かなり多義的に用いられる」言葉なため、これ!という定義が存在しないようですね。
多義的かぁ…ってなったら語源が気になったので調べてみました。
技術の語源は古代ギリシャ語の「tekhne」が由来だそうで、その意味は「技術、手工芸」だそうです。
これは印欧語根の「tek」から派生した語だそうで、「tek」には「作り出す、織る、切る」などの意味があります。
うーん、これらの語源から見ても、やはり「技術」=「(何かを)作り出す、処理するための方法」であると定義付けられそうです。
ちなみに、エンジニアの語源はこのブログによると、技術者の語源は古代ギリシャにおける「demiurgos(デミウルゴス)」が語源とされ、その意味は「民衆のために働くもの」となるようです。
日本では技術と技術者は字面ほぼ一緒なんですけど、ルーツは全然違うんですな。
語源たどるのこういうところ知れてたのしくてすき(小学生並みの感想)
技術のルーツとは
さて、先程技術は「(何かを)作り出す、処理するための方法」と定義付けられましたが、ではいつが始まりなのか?と言われると、これが結構難しい。
「形として残っているもの」でたどるのであれば、ルーツは「石器」となるでしょう。
この記事によれば、紹介されているこの石器が330万年前、技術としては最古となります。
ただ、ボクは「コミュニケーション」が人間が作り出した技術のルーツなのではないかと考えています。
というのも、コミュニケーションは具体的な起源が分からないものなんですね。
石器だってウッホウッホコミュニケーションとりながら作ったものかも知れません。
ただ証拠がないだけで。
コミュニケーションとは
では、そもそもこのコミュニケーションとはなんぞや?について掘り下げていきましょう。
とりあえずWikiです。
イヌやネコも、イヌやネコなりにコミュニケーションをしているが、しかし人間のように、こまやかな関係をつくることはできない。[中略]人間は親密になることも可能である。なぜ、このようなことが可能なのか。 それは、ひとつには人間が「ことば」を使えるからであり、お互いに「わかる」ことができ、共感(Empathy)を持つこと、共感することができるからである。
ここから分かる通り、犬や猫もコミュニケーションはしているのです。
ただ、普段人間が行うコミュニケーションとは根本的に違います。
具体的な違いとしては、私は「本能」によるものか「後付け」によるものかの違いだと思っています。
動物であれば、本能から威嚇する、本能から仲間に危険を知らせる、、、とか。
そういえばニワトリが朝に鳴く理由は外部からの刺激によるものではなく、体内時計による「本能」によるものなんですよ。
また、人間には今でも本能的なコミュニケーションは少なからず存在すると思います。
例えば、女性が怖い時に挙げる叫び声。
なぜ叫ぶのか?というのは諸説ありますが、その一つに「同種族の男性から守ってもらおうという本能」というものがあります。(明確なソースはありません。ごめんなさい)
または、ゴキブリを見たら本能的に後ずさりしちゃったみたいな経験、ありませんか?
それらからもわかるように、人間の本能はまだ残っています。
が、その本能の上に乗っかっている「後付け」のコミュニケーションが存在するために、人間は動物より更に細やかな関係を作ることができます。
ちなみに全然話逸れますけど、Wikiにある「共感」について、これは今まで目に見えませんでしたが、最近では「いいね!」という形になってSNS上で日常的に見られるようになっていますね。
…話を戻しましょう。
では、「本能的なコミュニケーション」と「後付のコミュニケーション」での決定的な違いとはなにか?
こちらのサイトでは以下のように指摘しています。
動物のコミュニケーションは基本的には先天的、本能的に定まっているものであるということ。つまり、もともと生まれた時から本能として知っているコミュニケーションしかとれないのである。要するに、コミュニケーションで表現できる状況というものを超えてしまう場合、コミュニケーションをとることが不可能である。それはつまり、「過去」「未来」に関するコミュニケーションを行うことが不可能であるということだ。
そうなんです。
当たり前かもしれませんが、動物は過去と未来をコミュニケーションできないんです。
ただ、動物にも共感はあります。
動物の共感に関する実験資料があるので、詳細を知りたい方は以下のリンクをどうぞ。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ninchishinkeikagaku/13/1/13_89/_pdf
ここで言いたいのは、人間が「後付のコミュニケーション」をすることで決定的に他種族と差をつけたのは、この「過去と未来」を話すことができるようになったからだということです。
で、これからどうする?的な総論
このままじゃただのトリビアで終わっちゃいそうなので、上記で話したコミュニケーションという最強の技術と、今後のコミュニケーションの発展に関する展望を書いて終わります。
まず、上記で書いた事柄をまとめちゃいましょう。
- 人間は他の動物と違い、「後付のコミュニケーション」をという最強の技術を最初に開発した...かもしれない
- 同種族との関係性を他の種族よりもより細かく築くことができるようになった
- 現在だけでなく、過去と未来について共感ができるようになった
ここから重要な文言として、「現在」、「過去」、「未来」、「共感」、「細かい関係性を築く」の5つを切り出します。
そしてこれらは、前述の「後付のコミュニケーション」に必須の要素になります。
ここで、現在出回っているSNSでは、これらの三点はどのような形で実現されているでしょうか。
LINEの場合
Twitterの場合
- 現在
- タイムライン
- 過去
- タイムライン、プロフィール
- 未来
- タイムライン
- 共感
- いいね
- 細かい関係性を築く
- タイムライン、DM
Facebookの場合
- 現在
- タイムライン
- 過去
- タイムライン、プロフィール
- 未来
- タイムライン
- 共感
- いいね
- 細かい関係性を築く
- タイムライン、DM
…
…んん?
ボクの各システムに対する認識が悪いんでしょうか、それとも5要素に該当する機能の割り振り方がわるいんでしょうか。
かなりパパっと分析したので、細かいことは言えませんが、5要素はセパレートに切り分けられているわけじゃないんですね。
たしかに、まぁ5要素は明確に分けられるものではない気もしてきました。(特に現在、過去、未来は一要素として数えてもよかったかも)
ただこれらに共通しているのは、「共感」が明確に一機能として実装されていることです。
ここから何が言えるのかというと、現代のコミュニケーションは「共感」の要素が強いということです。
この共感の中にはもちろん、過去と未来への共感が存在することは確かです。
ただ先程も言ったように、本能的なコミュニケーションとの圧倒的な違いは「過去と未来」を「共感」できるところなんです。
「過去と未来への共感」だけが存在するコミュニケーションってどんなんでしょう。
…って、うーん、いろいろ考えてみましたが、まぁコミュニケーションについては僕自身まだまだ知識不足な感が否めないですね。
もっと勉強しまーす。
コミュニケーションの起源を探る (ジャン・ニコ講義セレクション 7)
- 作者: マイケルトマセロ,Michael Tomasello,松井智子,岩田彩志
- 出版社/メーカー: 勁草書房
- 発売日: 2013/11/27
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